座談会
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ブレイク前夜
未来の作家
プロモーションのあり方
2016年にスタートし、このほど200回目の放送を迎えた「ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜」(BSフジ)。
YouTubeなどのメディアと連動しながら、新しい時代の「プロモーション」のあり方、そして可能性を示してきた当番組の果たした役割は計り知れません。番組出演者、企画者、そしてコレクターの立場から、 番組がアーティストにもたらした変化や、番組への今後の期待などについて語ってもらいました。
引用元:月刊美術 3月号/2020年2月20日発売/実業之日本社出版(株式会社サン・アート編集)
(当記事は、月刊美術3月号に掲載されたものを、許可を得て掲載しています)
画像左から、染谷尚人(本郷美術骨董館)、川崎祐一(コレクター)、木原千春(画家)、内田すずめ(画家)、金巻芳俊(彫刻家)。
インタビュー
- 放送200回を越えたBSのテレビ番組「ブレイク前夜」が非常に斬新で、若い世代の作家たちも敏感に反応しているようです。また、放送後YouTubeに番組がすべてアップされ、誰もがいつでもアクセスできる作家のアーカイブとしての機能を果たしているのは、とても意味のあることだと思います。今日は番組に出演した3名の作家さんと番組を企画された染谷さん、そして今もっとも注目されるコレクターである川崎さんに、新しい時代の作家プロモーションのあり方やその可能性について、ご意見をお聞きしたいと思います。まずは木原さんから、番組に出演されて大きく変化したことはありますか?
- 木原さん
- 番組の放送から1年くらい後にジワジワと影響が出てきて、とあるブランドからコラボレーションのお誘いをいただいたりしました。私は高校を中退してから、ずっと独学で絵を描いてきたのですが、人との出会いがあって今の自分があると思っています。そういった意味で、ウェブやSNSにおけるプロモーションはとても大事だと感じていますし、「ブレイク前夜」への出演はとても貴重な機会だったと思います。
木原千春さん
1979年山口県生まれ。高校を中退し、独学で絵を描く。道具だけでなく手や肘や足など体をつかってダイナミックに描く作品群は人々に強烈な印象を与える。引用元:ときの忘れもの http://www.tokinowasuremono.com/artist-d99-kihara/index.html
- 内田さん
- 私も出演直後に、仕事に直結するような具体的な動きがあったわけではないですが、初めてお会いする方から「番組を見たよ」と声をかけていただくことが度々ありました。それからヨウジヤマモトさんの公式アカウントが私の番組出演をツイートしてくださったので、おそらく凄い数のフォロワーに情報が広まったのではないかと想像しています。テレビに出るのはやはり凄いことで、それがきっかけで、ありもしないことが起きているように感じました。
内田すずめさん
自身の内面と向き合って生み出された作品には光と闇が共存しており、理想的な美しき世界とエゴに揺れる生々しい女の世界を見せようとする。引用元:内田すずめ https://suzumeu.tokyo/biography
- 金巻さん
- 僕の場合は「ブレイク前夜」が名刺代わりになると思ったんです。テレビ放送を見逃してもYouTubeにアップされたものを見ていただけるのは大きいですよね。
金巻芳俊さん
かねまきよしとし。1972年千葉県生まれの彫刻家。日本のみならず、中国、台湾などでも高く評価されている。
- 実際にこの番組を立ち上げられた染谷さんは、もともとどういった経緯で始められたのでしょうか?
- 染谷さん
- 僕は年ほど古美術骨董商をしていて、さらに本郷美術骨董館というアンティークモールを経営しているのですが、ある時、テレビ局から「古美術のテレビ番組を作るから監修をしてくれないか」と頼まれたんです。「開運!なんでも鑑定団」を意識してのことだったのかもしれませんが、「安直なやり方では絶対にうまくいかない」と感じて、「日本の若手現代作家を取り上げたほうが面白いものができる」と提案させていただいたんです。現代アートは趣味でコレクションしていましたし、海外のアートフェアに出展した際、高額で売買されている海外の現代作家を目の当たりにし、日本人の若手でも十分勝負できるのではないかと常々感じていたということもありました。同じ中学校の後輩で旧知の仲であるロイドワークスギャラリーの井浦氏が企画に賛同し番組を監修してくれています。「将来性」なら圧倒的に現代の若手だし、彼らを世に出すサポートをすることは意味のあることだと。ですから、放送後の番組をYouTubeにアップしていつでも見てもらえるようにアーカイブ化するのは4年前の制作当初から譲れないポイントでしたね。
染谷尚人さん
文京区のアンティークモール、本郷美術骨董館代表。1969年生まれ。40年以上続く本郷美術骨董館の2代目。さまざまな展覧会を手がけるほか、次世代を担うアーティストを紹介する番組「ブレイク前夜」のプロデューサーもつとめる。
- インターネットの専門家からのご意見は?
- 川崎さん
- テレビは一時的に放送される瞬発力の賜で、ネットにアーカイブされるのは持続性と言えます。視野に入れているのでしょうか。僕の本業はネット広告の会社の経営なので、SNSは専門分野ですが、コレクションをする際の下調べに過去のアーカイブはとても重要です。僕自身、気になる作家さんを見つけた時にはYouTubeやFacebook、Instagramなどを必ず検索します。その時に動画があると、作品を作る作家の人となりが見られてとても参考になります。動画の長さに関しては、短時間で作家自身が作品について説明できているものはとても良いと思います。長くても1分。実際にアートフェアなどを訪れる場合も、一つのところに長く時間をかけることは出来ません。端的に作品の良さを説明されると共感できますし、そこでキャッチボールが生まれます。コミュニケーションのスキルは時間に現れるのではないでしょうか。
川崎祐一さん
1984年生まれ。インターネットの総広告代理店・株式会社リンクル代表取締役。草間彌生からコレクションを始め、現在は国内外の作家による約500点もの作品をコレクション。昨年4月から京都造形芸術大学の大学院で客員教授に就任するなど、社会的なアート活動を展開。
- 具体美術は当時すでに英訳のテキストを作っていた。それが数十年後の欧米での評価につながったということがあります。「ブレイク前夜」に関してはいかがでしょうか?海外への発信を視野に入れているのでしょうか。
- 染谷さん
- 第1回目から海外での視聴も視野に入れ、英語圏では英語のテロップが出ます。サイトへのアクセス数を見ると、台湾や韓国、アメリカ、ヨーロッパなどから一定の視聴があり、台湾からアクセスがあったある作家は、現実に現地のアートフェアに出展することになりました。
- 金巻さん
- 作家としても日本だけで制作発表をしていくビジョンでは、今後どんどん厳しくなっていくと思います。でも、そうするためには作家一人ではどうにもならない。セルフ・プロデュースに長けた作家というのは稀で、ギャラリーの方や応援して下さる方と一緒にやらないと難しいと思います。
- 内田さん
- 私も世界を視野に入れています。アーティストは言葉で説明しつくせないから作品を制作すると思うのですが、作品の内容や魅力は言語を超えるものと信じています。先日、スパイラルで髪の毛を使った作品を発表したのですが、購入して下さったのは台湾人のカップルでした。海外の方に自分の作品を持ってもらえることは、純粋に嬉しかったですね。外国の方にも自分の想いが伝わるんだと思いましたし、「海外でも発表してみたい」と励まされました。
- 川崎さん
- 僕が海外に行って感じるのは、コレクションを始めた頃よりも、現在の方が海外のコレクターから日本人の作家について色々と聞かれるようになったということです。背景にはInstagramと、日本のギャラリーも海外のアートフェアに積極的に参加するようになった影響とがあるでしょう。フェアの場合、一つの会場に足を運ぶだけで、どこのギャラリーかは関係なくファースト・インプレッションで作品と出会えます。そういう突発的な出会いがあるのがSNSとアートフェア。SNSやアートフェアブームが広がるほど、日本人作家にとってはプラスに働くのではないでしょうか。
ただ一方で、現状ではギャラリーの発信力は非常に弱いと言わざるを得ない。そうなると作家自身でいかに発信していくかがより重要になります。その時にSNS、主にInstagramですが、ホームページを作ることに比べると手軽で効果的ですよね。それに発信する際に「#art」「#contemporaryartartist」「#sculpture」といったハッシュタグを複数つけると、そうした言葉に敏感な人たちに作品画像がキャッチされる。言ってみれば銀座のど真ん中で時間、個展をしているようなものです。著名なギャラリストやコレクターが見ていることもあります。こうした発信をやり続けられる作家は、やはり「勝てるストーリー」がそこに見えているのだと思いますね。
- 川崎さんは「ブレイク前夜」に出演する作家と同世代。何がきっかけでコレクションを始められたのでしょうか?
- 川崎さん
- 僕は今年36歳で、ちょうど8年前からコレクションを始め、現在では700ほどになりました。日本にもまだ潜在的なコレクターはいると思いますが、アートに興味を持つきっかけがなかなかないんじゃないか、とも思います。僕の場合、サイクリングに訪れた軽井沢で大雨に降られ、たまたま軽井沢ニューアートミュージアムで開催されていた草間彌生展を見たことがきっかけでした。実はその頃はまだ草間彌生の名前すら知らなかった(笑)。それほどアートとは無縁でした。それが初めて見た草間の世界のとりこになり、リクルートを辞めて開業しようと貯めていた資金で、美術館の下に併設されたギャラリーで即座にカボチャの絵を購入しました。実際にリビングにかけていますが、日々、その作品から力をもらっています。そうすると、次は寝室や玄関のあたりにもというように、次から次へと派生していくんです。自分の趣味嗜好が段々とわかってくると、コレクションすることがすごく楽しくなって、今はアートフェアに行くのが嬉しくてしょうがない。やはりきっかけが重要です。
- 内田さん
- 私自身、絵を描く前はコレクターでした。体調を崩して会社を退職した後、家にいてスマホで若手の作家さんのブログを見たのがコレクションを始めたきっかけでした。最初は作家さんのDMなどを会場でもらってきて、それを額に入れて飾っていたんです。そうした経験もあって、ヨウジヤマモトさんとイベントを行うたびに、ステッカーやポストカードを作っていただいて、額に入れた様子をSNSにアップして、こんな風に楽しめますと宣伝しています。実際にお客様も小さな額を買って飾っている様子をハッシュタグ付きでInstagramにアップして下さっていて、それがきっかけかは分かりませんが、高校生や20代、30代の方が作品を購入してくださったので、アートよりも広がりのあるファッションなどを入り口にしていくことに可能性を感じています。
- 木原さん
- 私の場合、「メルカリ」を使って、5分で描いたドローイングの販売を3年ほど続けています。絵画購入はなかなかハードルが高いと思うので、本画の油彩画と区別化するためにコンセプトをしっかり決めて、手が出しやすい2000円という手軽な価格で、これまでに4446点をメルカリに出品して、実質3500枚ほど売れました。ドローイングは絵のトレーニングにもなりますし、油絵のための下絵という意味合いもありますし、お客様にも喜んでいただけますし、すべてが一連の動きとして繫がっていて無駄がありません。メルカリで販売することで新たなお客様も増え、実際にドローイングをお持ちの方が個展に来てくださったり、メール等で油絵を購入してくださるお客様が徐々に増えてきています。
- 金巻さんは木原さんや内田さんよりも少し世代が上ですが、SNSをどのように活用されていますか?
- 金巻さん
- それぞれ見ている人の年代や国などが違いますが、写真で見るInstagramがもっとも全世界的に広がりやすいですよね。投稿に関してはアピールしたい層を考えてハッシュタグを付けたりします。例えば僕は「#popsurrealism」とハッシュタグを付けますが、それを検索するとアメリカのローブロー系のアートが集まって表示されるので、そこに興味がある人を狙って発信することができます。日本の作家のオタク文化やカワイイ文化はポップ・シュルレアリスムと親和性が高い。ハッシュタグでどういう方向に向かっていくのかを、何となく読み取っているということもあるかもしれませんね。
- 川崎さん
- 作家さんたちのお話をうかがっているとSNSを駆使したプロモーションだけでなく、「今後どういったコレクターを開拓していくのか」ということもポイントになってくる気がします。国内外で売れている作家さんに話を聞くと、若い頃に支えてくれたコレクターが、今は作品の価格も上がってしまって購入できないといったこともあり、そのあたりがなかなか難しい部分です。また新しいコレクターを増やすにあたって、相続税の問題もそうですし、減価償却など日本の法律的な観点からのアプローチも、もっと積極的に考えていく必要があると思います。すでに会社を経営している方にとって、減価償却で100万円以下のアートを購入するのはとても有効です。ところがこれを知らない人がすごく多い。200%定率なので、ほぼ2年で半額を落とせます。作品の価値は減価償却的に落ちていくわけではなく、むしろ上がる可能性もあります。10万円以下に関しては一年の償却が可能です。こうしたアートと法律の啓蒙がもっと広がれば、コレクターの裾野も広がるでしょうね。
- 金巻さん
- 経営的な観点からコレクションをという考え方も含めて、入口という意味で興味を持っていただくには、アートと何かをかけあわせないとダメな気がします。木原さんのメルカリや内田さんのヨウジヤマモトさんとのコラボは、そういう意味で新たな層がアートに興味を持つ大きなきっかけになっていますよね。
- 染谷さん
- 今まさにうちでは家具メーカーとアーティストのコラボによるソファ作りの動きが始まっています。作品で100万円だと難しくても、ソファで30万円なら購入する層が見込めますから。
- 内田さん
- つい先日、歌人の野口あや子さんとのコラボ展を日本橋三越で開いたのですが、一人で発表する時よりも作品の幅が広がりましたし、得るものがたくさんありました。ヨウジヤマモトさんのお仕事もそうですが、美術の世界だけに終始するのではなく、他のフィールドのクリエーターと何かを共有することによって生まれるものがあると実感しています。今、私たち人類の生まれた場所はどこなのか、心のありかと命のありかを解き明かそうと思い、細胞を使った絵画について思案しています。そのために細胞の研究者や日本酒の酒蔵の方にコンタクトをとっているのですが、アーティストの場合、「こういう作品を作りたい」と言えば、興味を持った誰かが手を挙げてくれる。やりたいことを話し続けていると、不思議と人との繋がりが生まれてくる気がします。
- 木原さん
- 私は個展に重きをおいて活動しているのですが、今年で7回目になる自分の制作のコンセプトと個展のタイトルを「Vitalism」で統一しています。回を重ねていくことの重要性で、必然的に記憶されていきますよね。そうすることで自分の制作と見ていただきたいことをイメージしてもらえるかなと。「Vitalism」の意味に全てが含まれてますので、繰り返しの展開が可能で柔軟性もあると思うのです。
- 内田さん
- 千春さんのSNSを見ていると5分間ドローイングを描きましたという情報が頻繁に流れてきます。それから七回目ということで、年末年始になると「VITALISM」が始まるなと思うんです。やっぱり毎年見ていて頭に残るし、ドローイングも毎日やってらっしゃるから、どんどん上手くなっていくのを一貫して追うことができます。これまでの話のように新しいことをやっていくのももちろん大事ですけど、やっぱり変わらないものを芯に持って継続していくことは、作家にとってとても重要だと思いますね。
- 金巻さん
- 一昨年に「木学XYLOLOGY」という木彫の展覧会を企画しました。これは木彫というマテリアルが共通のキーワードになっていますが、今度はコンセプトや内容などに関してもチームを作りたいと思っています。具体にしてもモノ派にしても作家一人の活動ではなく、集団での動きがフォーカスされて今に残っているところがあります。作家それぞれの強さももちろん重要ですが、その時代にどんなことが起こっていたのかという見せ方を、我々作家も考えるべきではないかと…。それこそコレクターさんや「ブレイク前夜」のようなテレビ番組、そして雑誌、ギャラリーなどと一緒に同時代のアートシーンを作っていくことが大事なのではないでしょうか。直近の予定としては、アートフェア東京2020で初めて立体のエディションワークを発表します。これまで、多くの購入希望者の方にお断りせざる得ない状況でしたが、作品数をカバーするという意図と、より多くの年齢層の方にコレクションしてもらえるという利点があると思います。日本、台湾、中国で3ヵ国で発売予定で、同時に発信していけるということも新たな試みだと思います。
- インターネットの世界が発達したり、日本のアートマーケットが変貌を遂げつつある中、200回を超えた「ブレイク前夜」というテレビ番組は、新しい時代の作家プロモーションのあり方、その未来形を示すものとして定着してきました。今後も300回、500回を目指して、有望なアーティストをどんどん海外に発信してほしい。このプラットホームが進化していくことが、日本のアートの世界の活性化とレベルアップ、そして一般への普及につながると信じます。本日は有難うございました。
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